バイオリンの数学

 幼少期、音楽好きの亡父からバイオリンを買い与えられたが、まともに音が出せず速攻で投げ出した。奇麗な音が出せるようになるまでには、相当量の稽古が必要であることと、当方に根気がないことを、亡父は知らなかったようだ。

 (擦弦楽器以外の楽器をやる人には失礼な話だが)何故バイオリン属は他の楽器と比べて難しいのか。それは、「弓圧/弓速/ピッチ(音程)」の3つの制御要素をバランスよく保たないと奇麗な音が出ないからだ。「2つのバランスをとることですら気を遣うのに、3つとなると・・・」と考えると、何となく難しさがわかる。

 さて、「誰もがミュージシャン」のブログで紹介した、「数理モデル」の開発を通じ、当該バランスは、以下の関係式で表せることがわかった。

  v=(Q/p)×h  ・・・式1

  但し、v:弓圧[N]、h:弓速[m/s]、p:ピッチ[Hz]、Q:定数

 図1において無限長のバイオリン弦を弓で擦ることを考える(横軸:時間)。弦を擦ることにより、弓と弦との摩擦力によって弦が移動する。弦がA点まで持ち上げられて摩擦の限界(最大静止摩擦状態)を超えると、弦が弓を滑ってB点に移動する(動摩擦状態)。これを繰り返すことでに図1のような鋸歯状波が発生する(引用文献のChapter8参照)。波のピーク値(A点の高さ)は、弓圧vに対応し、A点に到るまでの傾きが、弓速hに対応する。それによって、波形の周期であるピッチpが弓圧と弓速によって決まる。弓圧が大きくなればピッチが低くなるし、弓速が大きくなればピッチが高くなる。大工さんなら直ぐピンとくるだろう。一方(弦が有限長の場合)、弦を押さえる位置によって決まる弦の振動周期が発生するが、この振動周期が、ピッチpと同じになれば、安定した音が出せるのだ。言い換えると、弦の振動周期とピッチpが異なると、共振不良が発生し汚い音になる。大縄跳びに例えると、「縄を持つ2人の回転速度がずれること」に何となく似ている。もう少し言えば、バイオリンの場合は、「弓圧を制御する脳」、「弓速を制御する脳」、「弦を押さえる位置を制御する脳」が独立しているので、まさに3人で大縄跳びを回すようなものである。これを小さい子が泣きながら身につけようとしているのだから、ガミガミ言わず尊敬の眼差しで接してほしい。というか、安定化の数理を指導者が正しく理解したうえで、上手にサポートしてあげてほしい。音楽も、現代のプロ野球のように、科学的手法を大いに取り入れてほしいものである。

 さて、様々な条件にて音出し実験を行った結果、安定した音色を出すためのQの値は、ピッチや弦の種類、また弦の駆動位置(ブリッジよりとか)の違いに関わらず一定値になることがわかった。とりあえず、この発見を「擦弦相対性理論」と命名した✌。なお、弓速などの物理量に関しては、この引用文献が参考になった。因みに、本物のバイオリンの波形は、1のような鋸歯状波に、細かい高周波が重畳された波形になるが、この高周波はブリッジの固有振動の作用などによって発生するものであり(引用文献のFigure 7.24などのBridgeHillに係る章を参照)、式1に影響を及ぼすものではない。

 さて、一流のバイオリニストでも、速いパッセージになると、どうしてもバランス制御が困難となり、特に音符の切り替わり時に音色が汚くなる。その点、数理モデルだと、サンプリング周期(48kHzサンプリングだと約20.8uSec)単位で、式1による計算を行うので、常に音色の安定化実現できる。つまり人間は「練習によって体得した運動感覚と、聴覚フィードバック」によって、バランス調整を行うのに対して、数理モデルは「式1」を計算することでバランス調整を行っている。どちらが確実かつ素早く調整できるかは自明であろう。とは言え、いつも安定した音色だと、面白みに欠ける演奏となるので、適度に不安定さを忍ばせる(Qに外乱を与える)芸当も必要だろう。例えば「熊蜂の飛行」などの超高速の曲は、本物の楽器だと、どうしても立ち上がりが不安定な音色になるが、熊蜂の羽音(共鳴感がない、こすれ感が強い音)を模擬するには好都合と言えよう。数理モデルでも、このような「不安定な音色」になるように、「安定性モード切り替スイッチ」を備えるべきと考えている。

 最後に、擦弦楽器(バイオリン/チェロ/コントラバスなど)は、前述した「擦弦相対性理論」を念頭において(数学脳を働かせて)練習すれば、やみくもに練習するよりも早く「安定した音色」が出せるようになると確信している。その練習法について、別コラム「バイオリン上達理論」に具体例を挙げて解説させて頂いたので、ご参照頂ければ幸いである。

 

下記サイトにて、複雑系サウンド(チェロ/トランペット)をご試聴いただけます。  https://voibow.wixsite.com/voibow

バイオリンの等価回路